山寺と芭蕉
松尾芭蕉の「奥の細道」紀行において、山寺は初期の予定にはなく、尾花沢の豪商で俳人の鈴木清風の勧めで参詣を決めたそうです。結果として山寺は古刹以外の名所が加わり、芭蕉にとっても現在に伝わる名句を生むこととなりました。


写真は根本中堂の近くにある芭蕉(左)と弟子の河合曾良の像。

  

上写真の芭蕉像の右にある句碑の拡大です。


「世紀1689年元禄2年5月27日俳聖芭蕉奥の細道行脚の砌り此の地立石寺を訪れて山上山下を巡拝し宿坊に一泊され不朽の名句を残された

閑さや岩にしみ入る蝉の声

今ここに翁を敬仰して尊像を建立して永くその遺澤を顕彰せんとしたものである」

  

せみ塚。芭蕉の句をしたためた短冊をこの地に納めたという塚。仁王門の少し下にあります。

  

根本中堂の脇に建つ芭蕉句碑。これは嘉永6年(1853年)に門人たちが建てたそうです。